GaRiYa Essay

謝謝が超えた 72 時間の壁 Vol.27(通算Vol.317)〜マイ スウィートライフ ウィズ キャッツ〜

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    まだ暑さ厳しき九月上旬。
    朝ゴハンを食べるやいなや、二階バルコニーから庭に飛び降りたっきり、夜になっても帰らない猫がいました。
    「謝謝、遅いな〜…何やってんだ」
    そこに、N子さんからのメールです。
    〈見たことのない猫が車にひかれました。
    長澤さんの猫ではないですか?抱き上げようとしたら、痛そうにして逃げました〉
    スーッ…………血の気が引きました。
    駅に行く道の途中に野良ちゃんたちのエサ場があるのですが、直線距離にしたら家から百メートルほどの所。
    そこに謝謝が顔を出したとしても、なんら不思議はなかったのです。
    「白地でしたか?」
    「そうでした!」
    「背中に、ボコボコした感じの柄がありましたか?」
    「ありました!」
    「顔にもそんな模様がありましたか?」
    「ありました!」
    もう間違いありません。
    とるものもとりあえず、事故現場に駆けつけました。そして、連呼しました。
    「謝謝!謝謝!謝謝!」
    ところが、返事が無いばかりか姿もナシ。
    そこで私は、とんでもない目撃談を聞かされました。
    …アホなことに、救助の手を振り払って、ヨロっとヨロケながら起き上がった。
    さらにアホなことに、ナナメに猫
    体を傾けたまんまヒョコヒョコ歩いて…
    「長澤家の方向に、姿を消しましたッ!」
    つまり、家に帰る気マンマンだったのです。
    さっそく、事故現場⇅自宅⇅間の捜索が始まりました。ところが
    「謝謝〜!謝謝〜!謝謝〜!謝謝〜!謝謝〜!謝謝〜!謝謝〜!」
    返事がありません。
    しかも、さすがモトあぜ道です。
    収穫前の稲やら野菜やら雑草やらがあたり一面に生い茂っていて、捜索は困難を極めたのでした。
    翌日は、あいも変わらぬ猛暑日でした。
    つまり猊藹〞の苦しみに
    「ニ…ニャ…(ミ…ミズ…)」
    牘蠹群〞の苦しみまで加わったのです。
    ちなみにその翌日も、猛暑日でした。
    そのうち
    「謝謝はスグ死んだ」
    と、考えるようになりました。
    「天国で遊びまわってる」
    と思うことで、気持ちをラクにすることができたのです。
    実際には
    「遺体さえ見つけてあげられない!」
    そんな痛みとの、引き換えでしたが…。
    三日目の夜、ついに72時間の壁(災害などで動けなくなった場合、飲まず食わずで生き延びられる時間)と向き合うことに。
    事故現場に立って合掌。

    そして帰りながら
    「謝謝…謝謝…謝謝…」
    その声はもはや、ツブヤキでした。
    「謝謝…謝謝…謝謝…謝謝…謝謝…謝謝…謝謝…謝謝…謝謝…謝謝…謝謝…」
    そんな私を、自宅横近くの暗闇から
    「ニャ〜」
    聞き覚えのある声が迎えました。


    「…サプリかな?」
    「ニャ〜」
    「…麻呂かな?」
    すると声の主がムクッとカラダを起こし、しかも、ヨロッとヨロけたのです。
    「謝謝?!」
    「ニャ〜!」
    「コレは幻覚だ」
    と、思いました。
    ところが
    ﹁ニャ〜︵ハラ減った!︶﹂
    なんと、現実でした。
    「ゴ…ゴハン?ちょっと待って!」
    そして謝謝は三日三晩ぶんのゴハンを、イッキに食べまくったのでした。
    しかし謝謝は、実によく頑張りました。それに比べて私のナサケナカッタコト…。
    前脚に障がいは残ったものの、謝謝のヤンチャぶりは、今日もすこぶる健在です。